『夫を殺したはずなのに』は、市川貴幸さんがシリーズ構成、飯塚健さんら3人が監督を担当し、複数脚本家によるチーム体制で制作されています。
主演・内田理央さん、夫役・渡邊圭祐さんによる“不倫×復讐×タイムリープ”という複雑な物語を、誰がどのように組み立てているのでしょうか。脚本家・監督・音楽・プロデューサーまで、2026年8月17日放送の第7話までに確認できる情報を整理しますね。
『夫を殺したはずなのに』脚本家は誰?シリーズ構成は市川貴幸
『夫を殺したはずなのに』で物語全体の軸となるシリーズ構成を担当しているのは市川貴幸さんです。
ただし、ここで少し気をつけたいのは、「脚本家=市川貴幸さん一人」という制作体制ではないことです。
公式に発表されている脚本陣には、石田真裕子さん、伊藤優さん、島崎杜香さん、下田悠子さん、富安美尋さん、三嶽咲さん、井本智恵さん、市川貴幸さんが名を連ねています。
主な制作スタッフを整理すると、次のようになります。
担当 スタッフ
シリーズ構成 市川貴幸
脚本 石田真裕子、伊藤優、島崎杜香、下田悠子、富安美尋、三嶽咲、井本智恵、市川貴幸
監督 飯塚健、棚澤孝義、的場政行
音楽 海田庄吾
チーフプロデューサー 北川俊樹
プロデューサー 倉地雄大、清家優輝
制作プロデューサー 中島八慶
制作 テレビ東京、ファインエンターテイメント
製作著作 「夫を殺したはずなのに」製作委員会
シリーズ構成とは、連続ドラマ全体の大きな流れや各話のつながりを整理する重要なポジションです。
特に『夫を殺したはずなのに』は、主人公・本庄莉乃が夫・慶太の裏切りをきっかけに“死に戻り”を繰り返し、過去と現在の秘密へ近づいていく物語です。
同じ人生を繰り返しているように見えても、莉乃が知っている情報、選択する行動、人間関係は少しずつ変化していきます。
さらに第6話、第7話では1996年の出来事や松島苑子をめぐる過去まで大きく物語へ入り込み、単純な夫婦の復讐劇では収まらない構造になってきました。
だからこそ、各話を別々に面白くするだけではなく、「前のループで提示した情報を、後のエピソードでどう意味のあるものに変えるか」という全体設計が欠かせません。
私は、このドラマを見るうえでシリーズ構成という役割を知っておくと、物語の見え方が少し変わると感じます。
毎週起こる出来事だけではなく、「なぜ今この情報を見せたのだろう」と考えると、脚本のつながりそのものが楽しめる作品なんですね。
第1話から第7話までの脚本担当は?
2026年8月17日に放送された第7話までを見ると、実際に複数の脚本家が各エピソードを担当していることが分かります。
第1話「最初の殺人」は石田真裕子さん、第2話「私にしかできない夫の殺し方」は三嶽咲さんが担当しました。
第3話「妻vs愛人!衝撃の修羅場」では市川貴幸さんと井本智恵さんが脚本を担当。
第4話「償うべき罪」、第5話「切っても切れない縁」では伊藤優さんが担当しています。
そして後半へ入った第6話「30年前から続く螺旋の渦」は三嶽咲さんと石田真裕子さん、第7話「母親を辞める理由」は石田真裕子さんが担当しました。
本編開始前の2026年6月29日に放送されたプロローグ「すべての始まり」では富安美尋さんが脚本を担当しています。
こうして並べてみると、担当者が毎回機械的に入れ替わるわけではありません。
一度参加した脚本家が後半でも再び担当しており、物語を共有しながらチームでシリーズを作っている様子が見えてきます。
特に第1話を書いた石田真裕子さんが、第6話、第7話と物語の核心へ近づく回でも再び脚本を担当しているのは興味深いところです。
もちろん担当回だけから制作意図を断定することはできません。
それでも、序盤で描いた莉乃の感情を知る書き手が、過去の真相へ踏み込む後半にも関わっていると考えると、連続ドラマとしての感情のつながりにも注目したくなりますね。
市川貴幸の過去作品は?『あなたがしてくれなくても』との共通点
シリーズ構成を担当する市川貴幸さんは、『あなたがしてくれなくても』の脚本を担当した人物としても知られています。
同作はTVerアワード2023でドラマ大賞を受賞しました。
『夫を殺したはずなのに』とは設定もジャンルも異なりますが、並べてみると興味深い共通点があります。
それは、夫婦や男女の関係を単純な「好き・嫌い」だけで描かず、愛情と傷つきが同時に存在する関係として描いていることです。
『夫を殺したはずなのに』の莉乃も、最初から慶太を憎んでいたわけではありません。
親の顔を知らず児童養護施設で育った莉乃にとって、慶太との結婚生活はようやく手に入れた温かな居場所でした。
だからこそ裏切りを知ったときの衝撃が大きく、復讐へ向かう感情にも単なる怒りでは説明できない痛みがあります。
この「愛していたからこそ憎しみも深くなる」という揺れは、本作の大きな見どころでしょう。
個人的には、市川さんがシリーズ構成にいることで、タイムリープの謎解きだけではなく、莉乃がループを重ねるたびに“夫をどう見るか”が変化していく部分にも注目したいと感じています。
同じ慶太を見ていても、一度目の人生と何度目かの人生では、莉乃の中にある情報も感情も違います。
タイムリープという仕掛けは時間を戻す装置ですが、この作品では同時に「人物をもう一度見直すための仕掛け」にもなっているように思えるのです。
『夫を殺したはずなのに』監督は誰?飯塚健・棚澤孝義・的場政行が担当
『夫を殺したはずなのに』の監督は、飯塚健さん、棚澤孝義さん、的場政行さんです。
その中でも作品発表時から大きく紹介されているのが飯塚健さんです。
飯塚さんは『GTO』のほか、映画『虹色デイズ』『ある閉ざされた雪の山荘で』などで脚本・監督を手がけてきました。
今回の『夫を殺したはずなのに』では、約8年ぶりとなる連続ドラマ監督として参加しています。
この起用は、本作の特徴を考えるとかなり興味深いものです。
なぜなら『夫を殺したはずなのに』は、一度見せた状況をタイムリープによって何度も描かなければならない物語だからです。
主人公の莉乃が時間を巻き戻すたび、似た場所、似た人物、似た出来事が再び登場します。
普通に繰り返してしまえば、視聴者には「さっきも見た場面」と感じられてしまうかもしれません。
けれど本作では、同じ時間へ戻っても莉乃の知識が変わっています。
以前は何も知らなかった人物の秘密を知っていたり、前回失敗した行動を避けたり、逆に別の人物へ近づいたりする。
つまり映像として求められるのは、“同じ世界なのに前回とは違う”という感覚です。
私はここがタイムリープドラマの難しさであり、同時に面白さだと思っています。
大掛かりな出来事を毎回起こすだけでなく、小さな表情や人物同士の距離感だけでも「今回は少し違う」と感じさせられるからです。
飯塚健監督は第1話だけではなく後半にも再登板
飯塚健さんは本編第1話、第2話だけを担当して終わるわけではありません。
6月29日のプロローグ「すべての始まり」、7月6日の第1話、7月13日の第2話を担当したあと、第6話、第7話でも再び監督を務めています。
一方、第3話から第5話では棚澤孝義さんが監督を担当しました。
複数監督による連続ドラマは珍しいものではありませんが、本作では序盤を担当した飯塚さんが物語の核心へ向かう後半にも戻っているところが目を引きます。
第1話、第2話では莉乃と慶太、エレナを中心に「夫の裏切り」「復讐」「死に戻り」という基本設定が示されました。
ところが第6話以降になると、物語は30年前の出来事や苑子の人生へ大きく広がります。
つまり、ドラマの始まりを見せた監督が、作品の土台そのものを見直すような後半にも参加していることになります。
私はこの並びを見ると、前半と後半を完全に別の物語へせず、最初に感じた違和感を後半の真相へつなげる役割も意識されているのではないか、と感じます。
もちろん監督の担当配置だけから断定はできません。
それでも、スタッフクレジットを知ったあとで見返すと、「第1話のあの場面と第7話のここは、どこか呼応しているのでは?」と新しい見方ができるのもドラマの楽しさですね。
原作は赤石真菜の縦読み漫画!テレビ東京が企画段階から参加
『夫を殺したはずなのに』の原作は、赤石真菜さんが原作、デジタル職人が作画を担当する縦読み漫画です。
2026年3月30日からLINEマンガで先行配信されました。
ここで重要なのは、単純に「人気漫画をテレビ東京が後からドラマ化した」という形ではないことです。
原作のクレジットには「赤石真菜・デジタル職人/CLLENN・テレビ東京」とあり、CLLENNとテレビ東京が共同制作したオリジナル縦読み漫画として展開されています。
つまりテレビ東京は、実写化だけを担当する側ではなく、IPを生み出す段階から作品に参加しているのです。
これは制作陣を調べるうえで、個人的にかなり面白いポイントでした。
漫画は2026年3月30日にLINEマンガで先行配信され、ドラマは同年7月6日に放送開始。
わずか数か月という近い時期に漫画とドラマが展開されています。
長年連載されて人気を確立した漫画を数年後にドラマ化するケースとは、成り立ちが少し違うわけですね。
原作者の赤石真菜さんは、2024年にテレビ東京系でドラマ化された『夫の家庭を壊すまで』の原作者でもあります。
『夫の家庭を壊すまで』は不倫と復讐を扱った作品として大きな反響を集め、TVer・ネットもテレ東・Leminoを合わせた見逃し配信総再生数は3,500万回に達したと発表されています。
その流れを踏まえて今回の『夫を殺したはずなのに』を見ると、共通するのは「夫の裏切り」「妻の復讐」という入口です。
しかし今回は、そこへタイムリープが加わりました。
一見すると似たジャンルに見えても、何度でも人生をやり直すことで、復讐の意味そのものが変わっていきます。
「夫を倒せば終わる」という直線的な物語ではなく、行動を変えるたびに別の秘密へぶつかる構造です。
私はここに、前作と同じ不倫・復讐ジャンルをそのまま再現するのではなく、もう一段階違う連続ドラマを作ろうとする狙いを感じます。
市川貴幸さんによるシリーズ構成が重要になる理由も、この原作の成り立ちを知るとさらに分かりやすいですね。
音楽・プロデューサー・制作会社は?スタッフ全体をチェック
『夫を殺したはずなのに』の世界を支えるのは、脚本家と監督だけではありません。
音楽を担当しているのは海田庄吾さんです。
オープニングテーマにはthe bercedes menzの「morning star」、エンディングテーマにはNowluの「ハナセナイ」が使用されています。
チーフプロデューサーはテレビ東京の北川俊樹さん。
プロデューサーはテレビ東京の倉地雄大さん、ファインエンターテイメントの清家優輝さんが担当しています。
制作プロデューサーはファインエンターテイメントの中島八慶さんです。
制作はテレビ東京とファインエンターテイメント、製作著作は「夫を殺したはずなのに」製作委員会となっています。
主演は本庄莉乃役の内田理央さん。
夫・本庄慶太を渡邊圭祐さん、慶太の愛人・菊池エレナを箭内夢菜さん、波多野樹を曽田陵介さんが演じています。
さらに長谷川文枝役の紺野まひるさん、本庄真由美役の山下容莉枝さんらが物語を支えています。
そして2026年8月17日放送の第7話では、1996年の出来事が本格的に描かれました。
妊娠中に夫の裏切りを知った苑子が人生を繰り返す姿が描かれ、現代の莉乃が「松島苑子」の正体を知ったうえで文枝へ近づいていきます。
ここまで来ると、第1話で見えていた「夫の不倫に傷ついた妻」という構図だけでは作品全体を説明できません。
莉乃の人生と、約30年前の苑子の人生がどう重なるのか。
なぜ異なる時代で“人生をやり直す”現象が起きているのか。
登場人物同士の関係はどこまで過去からつながっているのか。
後半ほど、脚本・監督ともに複数の時系列を整理しながら見せる必要が高まっています。
私は、制作スタッフを調べていて「この作品はタイムリープを派手な仕掛けとして置いているだけではない」と改めて感じました。
時間が戻るたび、莉乃や苑子は別の行動を選べます。
それでも簡単には幸せになれない。
その繰り返しがあるからこそ、「過去を変えれば人生は本当に救われるのか」という別の問いが浮かんできます。
そこへ音楽や演出が重なることで、単なる謎解きではなく、登場人物が背負ってきた時間の重さまで感じさせる作品になっているのではないでしょうか。
脚本家と監督から『夫を殺したはずなのに』を考察!チーム制の意味とは?
ここからは、ドラマ好きの一人として制作体制から『夫を殺したはずなのに』を考えてみます。
私が特に面白いと思うのは、シリーズ構成に市川貴幸さんという一本の軸を置きながら、脚本も監督も複数人で作っていることです。
タイムリープ作品では、「同じ出来事の繰り返し」と「少しずつ変化する展開」の両方が必要になります。
あまりにも同じ展開ばかり続けば退屈になります。
反対に毎回まったく違う話になってしまえば、「同じ人生をやり直している」という作品の芯が薄くなります。
その難しい中間を保つために、シリーズ構成が全体を束ねながら、各話ごとの脚本家が異なる人物や出来事へ光を当てる形は、本作と相性が良いのではないでしょうか。
実際、第1話では莉乃から見た慶太の裏切りが大きな衝撃として描かれました。
ところが話が進むにつれて、エレナ側の事情、慶太が不倫へ至った経緯、過去から続く人間関係、苑子の人生へと視点が広がっています。
最初は「ひどい夫へ復讐する妻の話」に見えていた世界が、回を追うごとに少しずつ形を変えているのです。
ここが『夫を殺したはずなのに』の大きな特徴だと私は思います。
タイムリープというと、「次こそ正しい選択をして未来を変える」という展開を想像しがちです。
けれど本作では、莉乃が新しい情報を得るほど、単純な善人と悪人の区別が難しくなっていきます。
慶太の行動が許されるかどうかとは別に、なぜその関係が生まれたのか。
エレナはただの“夫を奪う愛人”なのか。
苑子の人生と莉乃の人生はなぜ似た形で繰り返されているのか。
登場人物の背景を一つ知るたび、最初に抱いた印象が少しだけ揺らぎます。
タイムリープによって変わるのは未来だけではなく、視聴者から見た登場人物の意味でもある。
私は、ここがこのドラマならではの面白さだと感じています。
そして、その構造を支えるには脚本と監督の連携がとても重要でしょう。
文章上では「時間が戻った」と説明できますが、映像では説明ばかりに頼らず、「あ、この時間へ戻ったんだ」と視聴者に理解してもらわなければなりません。
その一方で、前のループとまったく同じように見せすぎても変化が伝わりません。
つまり脚本側が「何が同じで何が変わったか」を設計し、監督側がそれを映像として感じさせる必要があります。
複数の脚本家と複数の監督が参加する本作に、市川貴幸さんというシリーズ構成の軸があることには、そうした意味でも納得できます。
もう一つ注目したいのが、原作漫画とドラマ版の距離の近さです。
2026年3月30日にLINEマンガで先行配信が始まり、7月6日にはドラマがスタートしました。
テレビ東京が原作開発の段階から関わっているため、漫画からドラマへの展開が非常に早い作品です。
これは今後、ドラマ作品の生まれ方を見るうえでも興味深い事例だと思います。
「人気になった原作を探して映像化する」のではなく、最初から漫画と映像の両方を視野に入れてIPを育てていく。
その形であれば、物語の構造やキャラクターをドラマへ落とし込む段階でも、通常とは違う連携が生まれる可能性があります。
もちろん実際の制作過程すべてが公開されているわけではないため、細かな内部事情まで断定することはできません。
それでも、『夫を殺したはずなのに』の制作スタッフを追うと、単に有名な脚本家や監督を並べた作品ではなく、漫画開発・シリーズ構成・各話脚本・映像制作を連動させたチーム型作品であることが見えてきます。
第7話まで進んだ現在、物語は莉乃と慶太だけの夫婦問題から大きく広がりました。
だからこそ今後は、「最初に提示された不倫と復讐が、過去の物語とどう一本につながるのか」が重要になりそうです。
個人的には、最終的な謎の答え以上に、莉乃が何度も人生をやり直した先で「慶太との関係をどう捉えるのか」に注目しています。
時間を戻せても、人を愛した記憶や傷ついた感情まで簡単に消えるわけではありません。
そこをどんな着地点へ運ぶのかによって、この作品が“仕掛けの面白いタイムリープドラマ”で終わるのか、“人間関係まで心に残るドラマ”になるのかが決まりそうですね。
『夫を殺したはずなのに』脚本家・監督・制作スタッフまとめ
『夫を殺したはずなのに』のシリーズ構成は市川貴幸さんです。
脚本には石田真裕子さん、伊藤優さん、島崎杜香さん、下田悠子さん、富安美尋さん、三嶽咲さん、井本智恵さん、市川貴幸さんが参加しています。
監督は飯塚健さん、棚澤孝義さん、的場政行さん。
音楽は海田庄吾さん、チーフプロデューサーは北川俊樹さん、プロデューサーは倉地雄大さんと清家優輝さん、制作プロデューサーは中島八慶さんです。
制作はテレビ東京とファインエンターテイメント、製作著作は「夫を殺したはずなのに」製作委員会となっています。
シリーズ構成の市川さんは『あなたがしてくれなくても』の脚本を担当。
飯塚健監督は『GTO』や映画『虹色デイズ』『ある閉ざされた雪の山荘で』などを手がけてきました。
原作は赤石真菜さん・デジタル職人による縦読み漫画で、CLLENNとテレビ東京が共同制作し、2026年3月30日からLINEマンガで先行配信されています。
こうして制作陣まで知ってみると、『夫を殺したはずなのに』は一人の脚本家、一人の監督だけで作る作品ではなく、市川貴幸さんをシリーズ構成の軸に置きながら、多くの作り手が一つのタイムリープ物語をつないでいるドラマだと分かります。
次に見返すときは、ストーリーだけでなく各話の脚本・監督にもそっと注目してみてください。
「この回はなぜこの人物の気持ちを丁寧に見せたのだろう」「同じような場面なのに、なぜ前回と印象が違うのだろう」と考えると、もう一段深く物語を味わえるかもしれませんね。
よくある質問
『夫を殺したはずなのに』の脚本家は誰ですか?
シリーズ構成は市川貴幸さんです。
脚本には石田真裕子さん、伊藤優さん、島崎杜香さん、下田悠子さん、富安美尋さん、三嶽咲さん、井本智恵さん、市川貴幸さんが参加しており、市川さん一人が全話を単独執筆する形ではありません。
『夫を殺したはずなのに』の監督は誰ですか?
監督は飯塚健さん、棚澤孝義さん、的場政行さんです。
飯塚健さんはプロローグや第1話、第2話に加え、第6話、第7話も担当しており、作品序盤と後半の両方に参加しています。
『夫を殺したはずなのに』は誰が制作していますか?
制作はテレビ東京とファインエンターテイメント、製作著作は「夫を殺したはずなのに」製作委員会です。
原作は赤石真菜さん・デジタル職人による縦読み漫画で、CLLENNとテレビ東京の共同制作作品として2026年3月30日からLINEマンガで先行配信されています。
脚本家や監督の名前はエンドロールでは短い時間しか映りません。
けれど一度その名前を覚えると、別のドラマで再会したときに「この人が作る物語の空気、前にも好きだったな」と作品同士が静かにつながる瞬間があります。物語そのものだけでなく、その向こう側にいる作り手を知ることも、ドラマを長く楽しむ小さな幸せなのだと思います。
ライオポン(ドラマ命の専業主婦ライター)


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