『マイ・フィクション』に小説原作はなく、山岡潤平さんが脚本を手がけるオリジナルのテレビドラマとして制作されています。
2026年7月5日からABCテレビ・テレビ朝日系「日10ドラマ」枠で放送されている本作は、玉森裕太さん演じる主人公が「自分だけが周囲から忘れられる」という謎から始まるサスペンス・ラブストーリーです。
「マイ・フィクションって小説が原作なの?」「原作者は誰?」「脚本を書いているのはどんな人?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
物語が進むほど謎が重なり、小説を何巻も読み進めているような緻密さがあるため、原作付き作品だと思ってしまうのも自然ですよね。
この記事では、『マイ・フィクション』の原作・小説の有無を整理しながら、脚本を担当する山岡潤平さん、本作がオリジナルドラマだからこそ生まれている面白さまで、分かりやすくひもといていきます。
- 『マイ・フィクション』の原作は小説?結論はオリジナルドラマ
- 『マイ・フィクション』に原作小説があるように感じるのはなぜ?
- 『マイ・フィクション』の脚本は山岡潤平!どんな物語を描いている?
- 原作なしだからこそ『マイ・フィクション』の考察が面白い
- 『マイ・フィクション』のタイトルにも脚本のテーマが隠れている?
- 『マイ・フィクション』は原作なしでも設定が細かい!制作スタッフにも注目
- 『マイ・フィクション』の原作を探している人が注意したいこと
- 原作なしの『マイ・フィクション』は最終回をどう見るべき?
- 考察|『マイ・フィクション』は“原作なし”だから成立した物語かもしれない
- まとめ|『マイ・フィクション』の原作はなく脚本は山岡潤平
- よくある質問
『マイ・フィクション』の原作は小説?結論はオリジナルドラマ
まず一番気になる答えから整理すると、ドラマ『マイ・フィクション』に原作小説は確認されていません。
ABCテレビの番組情報では脚本として山岡潤平さんの名前が掲載されており、原作小説や漫画の作者名、原作書籍名などは記載されていません。
日本脚本家連盟スクールも2026年7月6日、講師を務める山岡潤平さんが『マイ・フィクション』の「脚本を担当」していると案内しています。
そのため、本作は既存の小説を映像化した作品ではなく、テレビドラマのために構築されたオリジナルストーリーと考えるのが自然です。
これはかなり大切なポイントですね。
近年のドラマでは、小説・漫画・ウェブ作品などを原作とする作品も少なくありません。
たとえば、同じ2026年に放送された作品でも、『再会〜Silent Truth〜』は横関大さんの小説、『テミスの不確かな法廷』は直島翔さんの小説、『北方謙三 水滸伝』は北方謙三さんの作品を原作としていることが明記されています。
こうした原作付きドラマの場合は、作品紹介の段階で「○○の同名小説をドラマ化」「○○原作」といった記載があることが一般的です。
一方、『マイ・フィクション』ではスタッフ欄に、
- 脚本:山岡潤平
- 演出:有働佳史、松嵜由衣、宮岡太郎
- 音楽:池田善哉
- チーフプロデューサー:辻知奈美
- 制作協力:MMJ
- 制作著作:朝日放送テレビ
といった制作陣が示されているものの、独立した「原作」の記載はありません。
つまり、検索しても「原作本」が出てこないのは不思議なことではないのですね。
私自身、最初に物語を追ったときは「これは長編ミステリー小説が原作なのでは?」と感じるほど設定が作り込まれている印象を受けました。
それほど、序盤から後半へ向けて仕掛けが連鎖していく作品なのだと思います。
『マイ・フィクション』に原作小説があるように感じるのはなぜ?
『マイ・フィクション』がオリジナルドラマだと知って、「本当に小説原作じゃないの?」と驚いた方もいるかもしれません。
そう感じさせる大きな理由は、物語の中心に置かれた謎が一つではなく、複数の違和感が段階的につながっていく構成にあると私は感じます。
物語の出発点は、主人公・伊川正樹のごく穏やかな生活です。
伊川正樹を演じるのは玉森裕太さん。
正樹は「森沼ネクスタウン」という町に暮らし、老人ホーム「はるなぎ園」で介護士として働きながら、妻の真弓と文鳥のピョートルと暮らしています。
町は事件件数ゼロ・連続1100日を誇るほど平和な場所。
ところが、ある日、正樹は見知らぬ男・津村大輔と目が合った直後に激しい頭痛に襲われ、川へ転落します。
1週間後に病院で目を覚ました正樹が自宅へ戻ると、人生そのものが書き換えられたかのような光景が待っていました。
妻の真弓は正樹を覚えていません。
さらに、職場の同僚だった多田義孝が「伊川正樹」として真弓と暮らし、周囲の人々も多田を本物の正樹として認識していました。
誰も自分を覚えていない。
自分の居場所には別の男性がいる。
しかも本人の記憶だけは、以前の人生をはっきり覚えている――。
この導入だけを見ると、「記憶喪失」が題材のドラマのようにも見えます。
ところが、『マイ・フィクション』はそこからさらに大きく物語を広げていきました。
第2話では、正樹を助ける二宮由梨の亡き夫・二宮祐介が、正樹と瓜二つであることが判明。
第4話ではDNA鑑定によって、伊川正樹が2年前に亡くなったはずの二宮祐介本人であることが明らかになります。
さらに物語が進むと、伊川真弓にも別の過去が存在することが判明します。
真弓の正体は石野奈々美。
7年前に夫を殺害したとして懲役10年の実刑判決を受けた人物でした。
ここまで来ると、「誰の記憶が正しいのか」というだけではありません。
そもそも今の名前や人生は本当に本人のものなのかというところまで、物語の土台そのものが揺らいでいくのです。
私は、この「一つ答えが出ると、その答え自体が次の謎になる」構成が、とても小説的に感じられる理由だと思っています。
読み進めるたびに前の章の意味が変わるミステリー小説のように、序盤で何気なく見ていた設定まで後から違って見えてくるのですね。
『マイ・フィクション』の脚本は山岡潤平!どんな物語を描いている?
『マイ・フィクション』の脚本を担当しているのは、山岡潤平さんです。
ABCテレビの作品情報やTVガイドWeb、日本脚本家連盟スクールの案内でも脚本担当として山岡潤平さんの名前が確認できます。
本作を語るうえで、「原作者は誰?」と探すよりも、「脚本家がどのように物語を組み立てているのか」に注目したほうが作品の特徴をつかみやすいでしょう。
なぜなら、『マイ・フィクション』は放送開始時点の大きな謎が、話数を重ねるたびに形を変えているからです。
第1話で視聴者が抱く疑問は、とてもシンプルでした。
「なぜ主人公だけが忘れられているのか?」
ところが、第2話では、
「なぜ二宮由梨の亡き夫と正樹は瓜二つなのか?」
第4話では、
「なぜ正樹と二宮祐介のDNAが一致するのか?」
第5話では、
「なぜ殺人罪で服役しているはずの石野奈々美が伊川真弓として暮らしていたのか?」
さらに第6話になると、一連の不可解な出来事の背景として「Persona Shift program(ペルソナ・シフト・プログラム)」が登場します。
これは、ニューロヴァイス社が開発した記憶に関する技術を使い、受刑者を別人として社会復帰させる極秘プロジェクトとして描かれていました。
第6話では、8年前に香坂睦美が警察上層部からこのプログラムの存在を知らされ、協力を求められていたことも明らかになります。
香坂は当初、人権侵害につながるとして反発します。
しかし、物語が進むにつれて複数の人物の「現在の人生」と「過去の記憶」にプログラムが深く関わっていたことが見えてきました。
第7話では、記憶を取り戻した二宮祐介が由梨と息子・賢人の元へ帰還。
しかし、その一方で津村大輔と石野奈々美はニューロヴァイスの施設に閉じ込められており、二宮が香坂と密かに取引していたことも描かれます。
こうして振り返ると、脚本は単純な「記憶を奪われた主人公の物語」ではなく、
記憶を変えることによって、人間の人生そのものを作り替えられるのか
という問いへ少しずつ広がっていることが分かります。
ここが、『マイ・フィクション』の脚本で私が特に面白いと感じる部分です。
最初から巨大な設定を説明するのではなく、主人公と一緒に視聴者も少しずつ世界の裏側へ降りていくような作りになっています。
原作なしだからこそ『マイ・フィクション』の考察が面白い
原作のないオリジナルドラマには、原作付き作品とは少し違った楽しみがあります。
それは、放送時点では視聴者全員がほぼ同じ場所から物語を追えることです。
原作小説がある作品では、すでに原作を読んだ人が結末を知っている場合があります。
もちろん映像化ならではの変更を楽しむ魅力はありますが、「この先どうなるのか」という一点だけを見れば、先を知っている視聴者も存在します。
一方、『マイ・フィクション』の場合、少なくとも今回提示されている公式情報の中に、物語の結末まで読める原作本はありません。
だからこそ、第1話で現れた違和感を視聴者同士で拾い、
「この人物は本当に味方なのかな」
「この記憶も作られたものでは?」
「町そのものに秘密があるのでは?」
と考える楽しみが生まれます。
実際、本作には最初から考察したくなる材料がかなり多く置かれていました。
たとえば森沼ネクスタウンは、単なる主人公の居住地ではありません。
第1話では「事件件数ゼロ・連続1100日」。
第2話では交番に「事件件数0・1109日達成」。
第3話では連続1111日に到達します。
一見すると平和を象徴する数字なのですが、物語の内容を知ってから振り返ると、「事件が起きない町」なのではなく、都合の悪い現実が見えなくなっている町なのではないかという別の印象も生まれます。
もちろん、ここは筆者としての解釈です。
ただ、『マイ・フィクション』では平和な日常ほど少し不気味に見えるように作られているため、この数字も単なる背景設定ではないように感じてしまうのですね。
個人的には、原作がないことによって「公式情報以上の答えを誰も持っていない」という状態が、この作品との相性にとてもよく合っていると思います。
毎週ひとつ扉が開くたび、その奥にまた別の扉がある。
そんな迷路をみんなで進んでいる感覚があります。
『マイ・フィクション』のタイトルにも脚本のテーマが隠れている?
ここからは私見になりますが、タイトルの『マイ・フィクション』という言葉そのものも、物語を読み解く重要な鍵ではないかと感じています。
直訳すれば「私のフィクション」「自分の作り話」といった意味を想像できます。
ただ、このドラマで描かれているのは、単純な嘘ではありません。
名前。
家族。
結婚生活。
仕事。
犯罪歴。
愛した人との記憶。
自分が自分であると信じる根拠そのものが、次々と揺らいでいきます。
第1話の伊川正樹は、自分の記憶を信じています。
ところが周囲から見れば、その男こそ「知らない人」です。
一方で、妻の真弓もまた、自分の人生を本物だと信じていました。
しかし後になって、彼女が石野奈々美であることが明らかになります。
二宮由梨にとっても事情は同じです。
由梨の記憶の中では、二宮祐介こそが夫でした。
しかし最終話を前に、7年前の由梨と津村大輔が婚約関係にあったことが判明します。
由梨には、その記憶がありません。
そして2026年8月23日放送予定の最終話では、「二宮が由梨の記憶を改ざんしたのか」という核心へ踏み込むことが予告されています。
ここまで来ると、『マイ・フィクション』というタイトルは、単に主人公が偽物の人生に巻き込まれるという意味だけではなくなります。
人は記憶によって自分の人生を物語として認識しているのではないか。
そんな問いまで浮かび上がってくるのです。
たとえば、二宮由梨が夫との幸せな思い出を心から信じていたとしても、その記憶が外から作られたものなら、それは「偽物の愛」なのでしょうか。
逆に、記憶を書き換えられる前に愛した人がいたとしても、その人への気持ちを完全に忘れてしまったら、現在の本人にとってその愛は存在していると言えるのでしょうか。
これは科学技術の謎というだけではなく、かなり人間的なテーマですよね。
脚本の面白さは、記憶改ざんという大きな設定を使いながら、最終的には「誰を愛したのか」「自分の人生を誰が決めるのか」という感情へ戻ってくるところにあると感じます。
サスペンスだけなら、犯人や仕組みが分かった瞬間に物語は終われます。
でも『マイ・フィクション』では、仕組みが分かった後にむしろ感情の問題が重くなっています。
そこが「サスペンス・ラブストーリー」と紹介されている本作らしさなのでしょう。
『マイ・フィクション』は原作なしでも設定が細かい!制作スタッフにも注目
『マイ・フィクション』が原作小説のある作品のように感じられる理由には、脚本だけでなく、設定を支える制作体制も関係していると考えられます。
本作では山岡潤平さんの脚本に加え、有働佳史さん、松嵜由衣さん、宮岡太郎さんが演出を担当。
さらに、物語の内容に合わせて複数の監修・指導スタッフが参加しています。
警察監修は京都科学捜査研究会。
医療監修は中澤暁雄さん。
アクションは大道寺俊典さん。
介護指導は株式会社ワイグッドケアの井口隆太さんが担当しています。
主人公が老人ホーム「はるなぎ園」で働く介護士であり、物語には警察、DNA鑑定、病院、犯罪捜査などさまざまな要素が登場します。
つまり、完全なオリジナル物語でありながら、人物の仕事や捜査場面などを支えるために、それぞれの分野の監修が置かれているわけですね。
さらに、物語後半では「Persona Shift program」という架空の技術が大きな役割を持ちます。
当然ながら、ドラマ内で描かれる記憶改ざんプログラムをそのまま現実の技術として受け取るべきではありません。
ここはフィクションとして楽しむ部分です。
一方で、その架空技術を使った結果、「本人の同意なしに人格や人生を変えることは許されるのか」という人権上の問題が物語の中で提示されています。
第6話では香坂自身がこのプロジェクトに対して人権侵害だと反発していたことも重要です。
私は、この一言があることで作品の見え方がかなり変わったと感じました。
単に「記憶を書き換えるすごい装置」が出てくるのではなく、作品自身がその危うさを物語の中で意識しているからです。
SF的な仕掛けと、人間ドラマとしての倫理的な迷い。
その二つを重ねていることが、本作の脚本を一段深く見せているのではないでしょうか。
『マイ・フィクション』の原作を探している人が注意したいこと
『マイ・フィクション 原作』や『マイ・フィクション 小説』と検索すると、タイトルが似ている別作品やサービスが表示されることがあります。
特に注意したいのが、「My Fiction」という名称を使った読書アプリなどです。
実際に「My Fiction: Stories & Novels」という、Crazy Maple Studio, Inc.が提供する読書アプリも存在します。
しかし、今回扱っているABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ『マイ・フィクション』とは別物です。
タイトルが同じ、あるいは似ているだけで、それをドラマの原作小説だと考えないようにしたいですね。
また、「原作がないならノベライズ版も絶対に出ない」という意味でもありません。
ドラマ放送後や作品展開の中で、後からノベライズやシナリオブックなどが発売されるケースはあります。
ただし、今回示されている2026年8月時点の作品情報から確認できる範囲では、ドラマの元になった既存小説は示されていません。
今後書籍展開が発表された場合も、それは「原作」なのか「ドラマをもとにしたノベライズ」なのかを分けて見ることが大切です。
ここは検索すると少し混乱しやすい部分ですね。
先に本が存在し、それをドラマ化したものが原作付き作品。
ドラマをもとに後から小説化した場合はノベライズ。
この違いを覚えておくと、『マイ・フィクション 原作 小説』と検索したときにも情報を整理しやすくなります。
原作なしの『マイ・フィクション』は最終回をどう見るべき?
『マイ・フィクション』は全8話構成で、2026年7月5日にスタートしました。
第7話は8月16日に放送され、最終話となる第8話は8月23日午後10時30分から放送予定です。
通常は毎週日曜午後10時15分からの放送ですが、最終話は『有働Times』の拡大放送に伴い、15分繰り下げとなっています。
最終話を前に、物語はかなり核心まで進みました。
7年前、由梨と津村が婚約関係だったこと。
現在の由梨には、その記憶が存在しないこと。
二宮祐介が「伊川正樹」として2年間暮らしていたこと。
石野奈々美が「伊川真弓」として別の人生を与えられていたこと。
そして複数の人物の記憶に「Persona Shift program」が関わっていたこと。
最終話では、由梨と津村から問い詰められた二宮が、7年前に何があったのかを語る展開が予告されています。
さらに、「すべてを操った二宮の本当の目的」が重要な焦点になるとされています。
個人的には、ここで大切なのは「誰が一番悪かったのか」だけではないと思っています。
むしろ、
本人が望んでいなくても、幸せな記憶を与えることは救いなのか。
誰かを守るためなら、その人の記憶を変えてもいいのか。
真実を知らない幸せと、苦しくても本当の人生ならどちらを選ぶのか。
そうした問いに対して、登場人物たちがどんな選択をするのかこそが、このドラマの結末になるのではないでしょうか。
原作小説がない以上、「原作では最後こうなる」という答え合わせはできません。
それは少しもどかしくもありますが、同時に最大の魅力でもあります。
登場人物とほぼ同じタイミングで真実を知れるからこそ、「私ならどうするだろう」と考えながら最終話を迎えられるのですね。
考察|『マイ・フィクション』は“原作なし”だから成立した物語かもしれない
ここからは、ドラマ好きの一人としての私見です。
私は『マイ・フィクション』を見ていて、この作品はオリジナル脚本であること自体が、物語の仕掛けの一部になっているように感じます。
原作付き作品を見るとき、私たちは無意識のうちに「どこかに正解が存在している」と思います。
書店に行けば原作本がある。
最終巻を読めば結末が分かる。
検索すれば、すでに物語を最後まで知っている人がいる。
ところが『マイ・フィクション』には、その逃げ道がありません。
これは「自分の記憶だけが真実を知っている」と信じていた伊川正樹の状況と、どこか似ています。
視聴者もまた、毎週放送された映像と、登場人物の言葉だけを材料に「何が本当なのか」を考えるしかないからです。
しかも、その前提は何度も覆されます。
第1話では「伊川正樹が周囲から忘れられた」と思っていた。
ところが後に、「伊川正樹として生きていた人物自身が、本来は二宮祐介だった」と分かる。
真弓は夫を忘れた妻だと思っていた。
ところが真弓自身が石野奈々美という別人だった。
被害者に見えていた人物が秘密を持ち、怪しく見えていた人物にも別の事情がある。
この入れ替わりこそ、『マイ・フィクション』という題名に似合っています。
誰かの人生がフィクションなのではありません。
登場人物のほぼ全員が、自分にとっての「本当の物語」を生きている。
けれど、その物語同士が食い違っているのです。
私はそこに、本作ならではの切なさを感じます。
記憶を改ざんされた人が、偽りの人生の中で本当に誰かを愛してしまった場合、その感情まで偽物とは言い切れません。
二宮祐介としての記憶と、伊川正樹として過ごした時間。
由梨との人生と、真弓として生きていた奈々美との2年間。
過去を取り戻したからといって、後から生まれた感情まで簡単に消すことはできないでしょう。
だから私は、『マイ・フィクション』の最後に問われるのは「本物の記憶はどれか」だけではなく、真実を知った後に、どの人生を自分で選び直すのかなのではないかと考えています。
その意味では、原作小説の答えを追いかける作品ではなく、毎週変化していく登場人物の心を追いかけるドラマとして見ると、さらに味わい深くなりそうです。
まとめ|『マイ・フィクション』の原作はなく脚本は山岡潤平
『マイ・フィクション』の原作について調べると、現時点で既存の小説や漫画を原作とする作品ではなく、山岡潤平さんが脚本を担当するオリジナルドラマとして整理できます。
2026年7月5日にABCテレビ・テレビ朝日系でスタートし、玉森裕太さん演じる伊川正樹が、事故を境に妻や職場の仲間から忘れられ、別の男が自分として暮らしているという衝撃的な出来事から物語は始まりました。
その後、正樹が二宮祐介本人であること、伊川真弓が石野奈々美だったこと、さらに記憶を改ざんする「Persona Shift program」の存在へと物語は広がっています。
原作小説が存在しないからこそ、視聴者も登場人物と同じように、一話ずつ新しい真実へたどり着いていけるのが本作の大きな魅力ですね。
「誰の記憶が本当なのか」から始まった物語が、最後には「本当の人生とは何なのか」へ向かっているようにも見えます。
サスペンスの謎解きだけでなく、その奥にある家族や愛、人生を選び直す痛みまで見つめると、『マイ・フィクション』というタイトルがより深く胸に残るのではないでしょうか。
よくある質問
『マイ・フィクション』に原作小説はありますか?
今回確認できる公式作品情報では、既存の原作小説は示されていません。
スタッフ情報では山岡潤平さんが脚本を担当しており、『マイ・フィクション』はオリジナルドラマとして制作されていると考えられます。
『マイ・フィクション』の脚本家は誰ですか?
脚本を担当しているのは山岡潤平さんです。
日本脚本家連盟スクールも2026年7月6日、山岡潤平さんが本作の脚本を担当していることを案内しています。
『マイ・フィクション』は全何話ですか?
全8話の予定です。
2026年7月5日に第1話が放送され、第7話は8月16日に放送。最終話となる第8話は8月23日午後10時30分から放送予定です。


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